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信じる力と居場所

信じる力と居場所

信じる、には、エイヤの要素が拭えない。

ただそれだとわかりにくくて掴みにくくて、足場が無いような、拠り所が無いような不安に苛まれる。だから代替として、数値化したり条件付けしたりしている。それによって、信じることが自分に基づいている気がする。自分が直接に1次情報として信じている気がする。

数値化や条件付けによって、信じる基準自体は明確になるが、その基準だけに頼っても信じる能力は上がるわけではない。むしろ、信じる能力を意図的に行使しないことになれると、その力を失って忘れていってしまう確率が高い。

それでもなお、自由から逃走することを選んでいる人が圧倒的に多い。

「まず自分から信じてみる」と言いながら、距離的には近づくものの相手が自分の期待値にマッチするかどうかしか見ない人は、信じているわけではなくて、極度に怯えながら、人を試しているだけだ。

私は2020年1月にM&Aクラウドという会社に入るに当たって、自分が在籍期間中は自分から実施しようと決めたことの1つに、「自分から相手を好きになる努力をする」というものがある。

これは『人生の勝算』からパクった考え方だ。

私の場合は、自分と相手にははじめから相性があって、近くにいられる人とそうでない人は自ずと分かれていくと考えていた時期が長かった。その前に在籍していた2社では、その思考の癖が私にあり、自分から好きになる努力をしたことがなかった。どちらも短い期間しかいなかったことも影響しているとは思うが、自分から好きになる努力をしていなかったから短くなった、とも考えられる。在籍期間も短かったし、何よりも、その2社への思い入れというものが自分として今も持っていない。もしかしたら自分から信じて好きになっていたらそうではなかったかもしれないが、自分からそうしていなかったことは自意識上は覚えている。

ちなみに、環境と私のマッチングとしては、短期間で私の意志で離れたことは大正解だったと思っているし、仮に過去の自分に話すなら「離れろ!」と言う。

そこでの経験から、M&Aクラウドに入ってからは自分から信じて好きになる努力をすることに決めた。

それが、広い意味での自分の利益になるし、会社の利益(カルチャー、人間関係、事業、サービス、売上)になると考えたからだ。

たくさんのテキストと数字と図で彩っている企業のIR資料は、概ね不安の現れである。もちろん、企業側のみならずそもそも投資家という読者でありステークホルダーがいるからこそそれを作り込んでいるわけだが、投資家側も不安だから、つまりあまり任せられないから企業側にそれを要求しているのであり、企業はそのような投資家にしか投資してもらえていないわけである。

そして私も、最近は自分のホームページとブログを立ち上げ、デジタル上で私も私以外もいつでも参照可能な媒体を置くことにした。

これは当然、私の足場でもある。私も不安であり、ホームページとブログ以外にも数万個のメモを取りためていて、それを拠り所としながら日々、生を活かすことを意識している。私の場合は、テキストや図といった目に見えるものを残して誰でも見れるようにするという利点もあるが、1:Nで私が一方的に話すような状態はあまり好きでも得意でもないような感覚があるので、テキストや図に頼っている側面もある。

一方、自分から信じて好きになることと、それによって居場所ができた成功体験から、今なら裸で人前に放り出されても、ホームページやメモが無くても、自己開示をし、自分から信じて好きになることを続けていける自信がある。これは、M&Aクラウドという、居場所だと私が勝手に認識している可能性も、周りからのフィードバックを誤って認識している可能性もあるが、それでもいい思っている。早く始め、更に進み、自分の認識をアップデートしていけばいいだけだ。

これは私の自分自身への過大評価かもしれないが、私はM&Aクラウドで飲みの席などに行った回数は3年半で20回も無いようなものだと思う。

ただ私が思うに、飲みの席でこそ話せる話題がある人にはあるということは認識している実際に見てきているが、いつでも寄りかかりに行ける関係性を日頃から自分から構築してきたつもりの自分としては、飲みの席に行かずとも居場所を複数持っている感覚があった。

これは、正直相手がどう捉えていたか、今どう捉えているかはわからない。自分が勝手にそう感じているだけかもしれない。

しかし、私以後にジョインしてくれた方々に自分から声をかけ、多くの場合で2人きりで(相手の承諾のもと)ランチに行き、自己開示してきたこと・対話をしてきたことは事実としてあると自負している。

またこれは、自分なりの時間のバランスの取り方でもある。つまり、人と長い時間を座って一緒にいることは自分としては少し苦痛で、1日の中に独りでぼーっとしたり歩いたりする時間が欲しい。それと信じることの時間配分のバランスとして、いわゆる勤務時間中やランチを使っていて、そこで自分なりに好きになってみる。そして概ね朝と夜は、独りでぼーっとしたり歩いたりする時間を取る。(M&Aクラウドはコアタイムなどの時間には敏感で、そのゲームに私も期間限定で乗っかっていたので時間は守っていたが、勤務時間をシンクさせるという時間的手法でシンクさせる方法論が妥当か、組織のポリシーと実験とフィードバックと論理構築によって異なる。ともあれ、期間限定のゲームと割り切って時間でシンクさせようとする組織の前提条件と徹底度合いとインセンティブと個々人の思いとフィットする人については自分なり学びを蓄えられた。自分でやる際にはこの学びを活かしていく。)

自分のコンフォートゾーン、居場所、競争しても競争から撤退しても大丈夫なようなセーフティネット、そういったものは動態的に意識していきたい。動態的というのは、「自分の居場所はここだ!」と思う瞬間もあるだろうし、そこから「あれ、違うかも?」と思い直すこともあるだろうし、そういったものを感じ取る自分のセンサーを保ち、反応したセンサーに素直に反応し続けて解釈し続けて動き続けるのが良いのでは、と考えているということである。