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3種類の承認と、自分の場合

3種類の承認と、自分の場合

個人的に、コーチングというものを最近は受けている。

コーチングセッションの中で出てきた概念とかフレームワークについてはどうしても気になってしまうので、その場では自分の本音を出すことを意識しつつ、自分の勝手な宿題としてセッションの中で出てきたことを調べて自分として掘り下げて理解を深めていっている。

直近で出てきたこととしては、「承認」には3つの種類があるとのこと。

  • 結果承認
  • 行動承認
  • 存在承認

※「プロセス承認」と「意識承認」を含めて5種類で承認を整理する場合もあるが、今回の記事としては上記3つについてのみで書いていく。

人によって、嬉しさを感じる種類(場面)やそのウェイトは異なるものである。

3種類の承認

結果承認


例えば売上を上げることを自分にも他人にも期待値として持たせて、その設定した数値かそれ以上を結果として出し、それを他人から承認されて適切に評価されることが嬉しい人がいる。

これは種類としては結果承認だ。

ハイキューという最高のアニメ・マンガであれば、シーズン4の第20話の宮侑(みやあつむ)が「結果がすべてやーーーーーーー!!!!!!」と叫んでいるシーンがあるが、かなり典型的な結果承認とその期待を自分(侑)に対して課していることがわかる。

行動承認


また、結果そのものよりも、行動がある尺度において、例えば特定のタスク完了までのスピードが早くなった、一人で考えて手を動かしていたところをプロセスとして開示して他の人からもプロセスが見えやすくなってコラボレーションしやすくなった、といったことが以前よりも良くなった場合、その行動が承認されてそれに嬉しさを感じる人がいる。

これは種類としては行動承認だ。

存在承認


承認の種類としては、「あいさつしてもらえるだけで嬉しい」とか「声をかけてもらえるだけで嬉しい」とか「居てくれるだけでありがたい、と言ってもらえて嬉しい」とかっていう感じ方をする人がいる。

これは種類としては存在承認だ。

私の場合は、存在承認が強いと認識している。

ここに居ていいとか、居ることを認識してもらえるだけでも嬉しいと感じることが多い。

私がこう感じるようになった背景としては、思うに、過去にハブになっていたり、家族とのコミュニケーションの中だったり、病気になったことが、影響していると現時点では解釈している。下記にて、私の過去の経験とそれに対しての自分の解釈から生まれてきたと私が認識している価値観を書いていく。

私の過去の経験

小学生のときにハブられた経験


私はインドと日本のハーフで、小学生のときは5年間くらいハブられてた。

その5年間は、「生まれてくることも自分で選んだわけでもないし、自分の容姿も自分で選んだわけではないのになんで自分が面倒な思いをしなければいけないんだろう」とほとんどの期間で思っていた。

容姿とかがハブられていた原因だったかは正確にはわからないし、ハブにする側だった人間もなんで私をハブいていたのかは正確には認識していないだろう。

ハブられる側の私もハブにする側の人達も正確なところはわからないが、その頃の私にとってはサッカーとPSPのウイイレと勉強(特に数学)が逃げ場だった。一方、なにか自分の態度を変えたり関わり方を工夫していこうということを考えて自分で行動していた記憶はほとんど無い。ただひたすら耐えていた。「いつかラクになるだろう」と自分勝手に密かに期待して。

いまは違うが、対人関係が基本的に面倒なもので、その面倒さは自分では変えようがない絶対的な相性というものという認識自体は、この自分では何も変化させようとしていなかった経験から作られたように思う。一方いまは、自分も相手も常に変容している、および変容していく可能性がある存在として認識しているが、それは高校生か大学生のときに「個人心理学(アドラー心理学)」や「実存主義」を知って深く勉強して自分にインストールしていった過程を経て形成されているところから来ている。簡単に言えば、自分も相手も所与のものとして相性などが絶対的にあるのではなく、どちらも変数として意識と態度表明次第で変容する可能性があるものである、という認識である。

小学校での対人関係が面倒だったりしたことと、自分の心の赴く環境であるッカーとひとりでできるウイイレと勉強で、私の時間はほとんどが構成されていたと記憶している。ひたすら面倒なことからは逃げていた。

この経験に対する私の解釈としては、「面倒なことからは逃げてもどうにかなるんじゃね?」ということと、「いつも期待外れだから逃げたくなるんじゃね?」ということだ。

ハブの期間が5年間だったと最初に書いたが、小学1~5年の間がほとんどハブで、実は6年生とのきに急に私をハブにしていた中心人物が普通に接してきたことでハブが解消された。むしろそのハブ番長の人とは放課後も時々遊ぶような仲良い感じの関係になった。ここから、「逃げててもいつかどうにかなるんじゃね?」という体感的な気付きが発生した。もちろん、逃げてもいいこととそうでないことがあるのはいまならおおよそ分かるが、そのときは「耐えて時間を過ごせばどうにかなるんじゃね?」という消極的で受動的な姿勢が自分としては支配的だったように思う。

また、自分が相手になにかポジティブなところを期待していて、それが自分の期待にフィットしないかたちで実現し続けるから、自分が対人関係をうまくできないと思っていたようにも思う。だから「期待ハズレで逃げたくなる」状態にいつも陥っているのではと考えた。だから、下記の経験においても記載するが、期待値ゼロが望ましい状態なのではと思うようになったと認識している。

小学生のときの車のなかでの家族での会話の経験


また、小学生低学年くらいのときだろうか、家族4人で車で移動しているときに、どうしても私の話を両親に聞いてほしくてペチャクチャと一方的に喋っているときに、両親が私の話を聞いていないようだったので「なんで聞いてくれないの?」と発言したことがあった。その際、「他の人と比べると話は聞いてるほうだよ」と両親から言われ、そういう相対的な話をしてほしかったわけではないけど、ともあれ「自分の話が訊いてもらえることは当然ではない」という認識をするようになったことをすごく覚えている。

非常に些細な話でもあるが、私の主観的な記憶にはかなり残っているものであり、それに対しての自分の解釈も長い年月をかけて醸成されて今に至っている。いまの私の価値観というか、考え方の型の1つとしては、「期待値ゼロでいる」というものがある。期待値ゼロの世界観では、そもそも期待していないので、自分が勝手に何かに期待して裏切られることもないし、プラスのことが起きたら常に嬉しいという感情しか発生しないようになる。

まあ期待値ゼロという概念自体は少し理論的な話になってしまうし、期待値ゼロを常に自分が保てているのかについて圧倒的な自信はないし、今後も期待値ゼロの世界観で生き続けるのかは正直わからない。ただ少なくとも現時点においては、ゼロかプラスにしかならないこの期待値ゼロの世界観が自分としてはしっくり来ている。

病気の経験


21~27歳に国の指定難病を患っていた。根治がしにくいという意味での難病で、自分の体に合う薬と出会っても、抗体ができてしまうようで数ヶ月~数年でその薬が効かなくなってきてまた体調を崩し、入院して強制回復し、また薬を変えるという生活を6年ほどしてきた。

私の場合は、27歳で最後に手術をすることで病気についてはケリをつけることができたし、病気になってからメンタルがやられたことも無いという私固有の認識はある。

患っていた6年ほどの期間、「いつまた体が辛くなるのかわからない不安」を潜在・顕在的に抱えながら過ごしてきたが、最後の砦として「手術」という選択肢があることは心の支えだったように思う。

大学時代の途中までは金融系の道(時間と金銭に追われる激務の道)に行くことを信じて疑わなかったが、自分の体に起きたことから自分の人生を棚卸しみて、また病気と一生付き合っていくことのバランスをとることを本気で考えた。そうして、あくまで結果としてだが、自分の才能を新たに発見できた良い機会となった。

私は即時的・即興的にポンポン反応していくこと自体もできないことはないが、どちらかというとじっくりと考えて、相対的な比較をすれば一般的な日本基準での高学歴な人(私はM&A業界にいるので相対的に日本的には高学歴な人が多い環境にはいる)よりも3段くらいは深い且つ抽象度の高いところまで考えてから具体を構築していくことが多い。これは、人が設計したことを高速でぶん回し続けることには適性があまりないが、設計すること自体への適性はかなりあると認識しており、自分はそのポジショニングのほうが心地よいし勝手にそちらに頭が回るし、あくまで統計的に見ても少数の人しかできないことを呼吸するようにできているのでそれでいいと考えている。

私の価値観の形成


上記で書いたようなこれらの経験から、自分という存在は認識してもらえて当然とか、相手に受け入れてもらえて当然とかというまるで感覚がない。人に自分の存在を認識してもらいたいとか見てもらいたいとかっていう期待が文字通り全く無いので、認識してもらえたり受け入れてもらえたらただただ有難いなと思うし嬉しい。期待値がゼロなので、アップサイドの嬉しさしか発生しない。

だからといって私が他の人の存在を認識して受け入れなくてもいいということで考えているわけではない。常日頃考えていることとしては、せっかく時間を共有するのだから全身全霊で命(=時間)をかけること。その意味で、対話を通したミッション志向が私は相対的に強いと自己認識している。

また、自分含め、それぞれの事情で「生きるペース」や「方向性」が個々人で固有にあることを、自分の経験を深掘りしたことを含めてメチャクチャ意識しているし、尊重するようにしている

徹底的な自己受容を通した他者受容とコンテキスト理解のため、対話をメチャクチャ大事にする。

これらを通してとなるが、私は自分のポリシーの1つとして「セルフマネジメント主義」を掲げている。要は、「で、私(あなた)はどうしたいの?」ということだ。そのことを、私も含めて人々のコンテキストと意志にもとづいて本音でぶつけ合うことが好きだし、それが人間的に豊かな状態なのではと考えている。セルフマネジメントについてはまた別の機会にも執筆しようと思う。

本稿では「期待値ゼロ」と「自己受容」と「自己受容を通した他者受容」を、自分の過去の経験とそれに対する解釈によって形成された(と自分がいま時点で認識している)価値観を絡めて述べた。

それらに共通するのは、どれも、自分にも相手にも、結果や行動を期待しているわけではなく、徹底的なコンテキスト理解と変容可能性を受容しよう、という私の姿勢である。つまり、結果承認や行動承認を相手から求めることではなく、自分から自然に且つ能動的に自分や相手の存在そのものを承認していく姿勢である。このことから、私は存在承認を重要視して生きていると認識している。

今回はこの辺で。