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M&A仲介か、片手FAか

M&A仲介か、片手FAか

すべての前提や前提整理や議論の前に、結論から言おう。

M&Aの当事者は、仲介も片手FAも、どちらも選べる。

そして、どちらを選ぶのも正義である。

以上だ。

何のことを言っているかというと、会社や事業の譲渡・譲受(=M&A)の世界において、当事者である売り手および買い手は、仲介をして当事者の両方から手数料を受領する形態のサービスを利用することもできるし、売り手もしくは買い手の片側に対して助言やサポートをする形態のサービスを利用することもできる。

「仲介は利益相反性が高い」とか、知ったかぶってゴチャゴチャを言う人もいるが、情報収集も双方を選ぶ個別事情も知らないで言っているヤツのことは放っておけばいい。

非常に、非常に簡単にまとめると、仲介と片手FAのメリットはそれぞれ下記である。

仲介の起用のメリット

  • 当事者の両方の本音を知った上でサービスが提供できる/サービスの提供を受けられる

片手FAの起用のメリット

  • 当事者のうちの雇われているほうのインセンティブを最大化するようなサービスが提供できる/サービスの提供を受けられる

ここで、正義の反対は正義である。

仲介を起用することはある当事者にとっては正義であるし、片手FAを起用することもある当事者にとっては正義である。

そもそも、どちらの形態かを選べるのだから、自分の正義とマッチするほうを選べばいい。

そしてそれを他人・他の会社に強要する意味は全く無い。

サービスの質にバラツキがあって、エグい進め方しかしない仲介会社もあるし知っているが、サービスの質にバラツキがあるのは、サービス業、いやもっというとすべての業種のすべての会社のすべての場面において当然である。バラツキがあるうえで合理的だったり感性としてフィットするサービスやサービス提供者を選ぶのは、選ぶ人の責任であり権利である。

タイムリミットがある中での売却活動であれば、エグいやり方であってもまずは「どうにかする」ところまで持っていって生きながらえ、そこからしっかりと立て直すという選択肢があり得る。そのなかで、キレイゴトだけで進めて、生きながらえることも立て直すこともできないのが、本当に「合理的」なのかは、時と場合と主体のスタンスに依る。

M&A仲介会社がよく、「このままだと事業承継ができずに黒字倒産している会社が日本全国に◯◯万社あって、その課題を解決し、日本経済を活性化させたい。また機会損失をできる限り減らしたい。」ということ主張したり自分たちの意義として発信することがある。

もっともな部分ももちろんあるが、生き長らえなくてもいい会社をそのまま清算するという選択肢や意思決定がどこか無視されたり蔑ろにされ、「本当の機会損失とはなにか」という観点について全く理論武装していないことも多い。むしろそのことのほうが多い。M&A仲介ビジネスは、成約したら比較的大きな手数料(=売上)が発生し、在庫を抱える形態の事業ではないためやっている会社が多い。というか「儲かるからやる(儲かるから独立してやる)」という会社のほうが多いし、最終的に課題解決と機会損失が実態として解消されていくのであればそれで全く問題ない。

感情と論理を共存させたようなかたちで記述されているように見える、下記のような記事があり、こういった記事は「いいね」がつきやすい。ストーリーに動かされる性としてそれが仕方がない。

M&A仲介会社80社超ではなく、なぜファイナンス・プロデュースを選んだか 〜スタートアップだけではない、中小企業にとっての「成長のためのグロースM&A」〜|ファイナンス・プロデュース
田園調布のプチカヌレ専門店「COMME PARIS」(以下、コムパリ)は、一口サイズの手作りカヌレを販売しています。デパートの催事場でも見かけるようになった可愛らしいカヌレを知っている人も少なくないのではないでしょうか。 ブランドを運営する株式会社COMMEPARISは2023年春に、著名なプライベート・エクイティ・ファンド(以下、PE)の投資先である、チルドスイーツ製造販売のロピア社へ、事業売却を実施。その背景はなんだったのか、そして、エージェントを選んだポイントはどこだったのか。会社を経営していた平山・橋本夫妻と、顧問であり共同経営者の小田垣氏であったお話を伺いました。 (聞き

ただ、論点として明らかに抜けている点もいくつもあることに気が付けるかは、当事者のリテラシーや学習意志によって異なってくる。

上の記事であれば、「売却価格の最大化がしたいから、売り手FAを起用した」というのが主張であり結論である。当事者にとってそれが正義であるのだから、それでいいのである。

世の中のM&Aの当事者のすべてがこの事例や判断軸がマッチするかというと、そうではないはずである。マッチする人・会社もあれば、そうでない人・会社もある。

上で私が述べた通り、「正義の反対は正義」なのだから、自分の正義のもとで判断しなければならない。

その点、上の記事での売り手は自分たちの正義の名のもとで判断しているとはいえるだろう。

また、売り手FAを務めた会社は、「自分たちがどんな状況のときに起用されるのが合理的なのか」についても述べてはいる。

一方それは、自分たちの売上を上げるためのポジショントークとしての側面は拭えないし、方針を持った上で記事を作成して狭義のマーケティング、広報活動として発信しているのだから至極当然である。

記事の中で、売り手が下記のようなことを言っている。

(コムパリ・平山)小田垣と共に自分で調べたり知人に聞いたりしてわかったことは下記の違いでした。まず、M&A仲介業者についてです。どの業者も組織力が強かったり優秀な個人の集まりである一方、経済産業省が公表している「中小M&Aガイドライン」では、売主と買主両方から手数料を取るM&A仲介業務において「買主企業の利益を優先する構造等の利益相反の問題」が指摘されています。具体的には、「買主は譲渡対価が低い方が望ましいという状況で、M&A仲介業者はリピーターになりやすい買主の利益を優先するように動く構造的な問題がある」ということです。‌‌‌‌

一方、売主専門のFAは、売主のみからの売却金額に応じた手数料となっています。売主の目線から言えば、「自分たちが育てた大切な会社・事業の価値を最大化したい」という気持ちと「経済的なインセンティブ」と、売主専門のFAの手数料の最大化という「経済的インセンティブ」が一致します。‌‌‌‌

上記を考慮し、売主としては売主専門のFAを選ぶ方が合理的だと考えました。

この表現のなかに、「買主企業の利益を優先する構造等の利益相反の問題」というものがある。

これは、仲介ビジネスへの批判としてよく指摘されるものであるが、ほぼすべてのビジネスにおいて、2:8の法則が成立するなかでは、そもそも大手企業やリピーターなどの、売上の大半をもたらしてくれる顧客に対してのサービス提供が手厚くなるのは特段の合理性の逸脱ではない。

仲介なのに片方に肩入れすることは、仲介ビジネスの主体である会社や個人のスタンスやインセンティブ設計として調整するべきものであるということには私も合意するし、私もM&A仲介サービス提供者だったときには片方への肩入れにならならずにフラットになりつつも最終的に双方の納得の行く答えとしての成約というものに向けて意識して活動していた。

M&A業界では、繰り返し譲受をしている企業や頻繁に譲受をしている企業のことを、「ストロングバイヤー」(Strong Buyer:SB)という表現をする。

このSBは、M&A仲介ビジネスにおいては重要顧客となる。なぜなら、着手金や中間金や成約手数料を多くもたらしてくれるからである。

M&Aはその特性上、売り手は譲渡活動をする機会は人生を通じても少なく、対して買い手は譲受活動を繰り返しすることができる。言い換えると、M&Aを繰り返せるという点でも、仲介会社が繰り返し手数料を受領できるという点でも、SBが重要な業界である。

(例外としてシリアルアントレプレナーという存在もいるが、連続して譲渡活動をする主体と、一生に一度の機会として譲渡活動をする主体との数でいえば、少なくとも日本においては圧倒的に後者のほうが多い。)

※このSBというものは、人材紹介ビジネスにおいて大量の求人広告を出してくれたり大量の採用をしてくれる大手企業や急成長スタートアップという存在に対応する。M&A仲介よりの人材紹介のほうが遥かに闇が深いが、また別の機会に触れたい。簡単に言うと、求職者から手数料を取らずに企業から採用手数料を取り、求職者に寄り添っている風の雰囲気を醸し出し、人材紹介会社の手持ちの求人に当て込むことことを生業としている側面が大きい。

こういったすべてのことを勘案しながらも、最終的には「で、自分はどうしたいのか」ということを突き詰めて考え、時には譲渡・譲受活動を通して考えが変わったり自分の本音がわかるようになったりしながら、また自分たち以外の株主等の存在やインセンティブにも一部配慮しながら、意思決定していくしかないのである。